いつも物静かにしており、クラスでは目立たない存在のMさん。
Mさんは、考えをノートに書いても1、2行。自分から手を挙げて発表することもほとんどない。
そんなMさんが、一人学習を取り入れてから、大変積極的になった。
その時期に、校長と教頭が私の実践記録に次のようにコメントしてくださった。
Mさんの取り組み、素晴らしいです。自分に対決し、自分を出していこうとする姿勢が感じられます。自分の課題が、支援を受ける中で、はっきり見えてきたからではないでしょうか。「課題をもつ」と簡単に言いますが、その子自身の課題としていくまでには、支援の手を差し伸べながら、無駄足とも思える過程を踏んでいかなければならないこと。つまり、問題化の段階をその子のペースに合わせながら大事に扱っていくことだと思います。どうしても突き詰めてみたい、そうしなければいられない、という「その子の課題」をどうもたせていくかが、これからの本校の研修の視点になるかもしれませんね。Mさんに学習を終えてのまとめをさせてみてください。(校長)
いつも担任の近くに来る子どもより、一見おとなしく目立たない子どもが意外な内容をもっている場合があります。周囲の人たちの人間の生き方をじっと見つめていることがあります。そういう子どもたちの掘り起こしが楽しみになってくると、もう相当なプロだと思います。
私が書写の授業に行く。Mさんは黙って書いています。うまく書けなかったところを墨でなぞったりしています。「あっ、それ、やっちゃだめ!」と、私は言います。Mさんはかすかに笑いながらやめます。その時、「あぁ、俺はまだダメ教師だなぁ」と思うのです。そっとなぞる、Mさんの心に応えてやれなかった今までの指導を恥じるのです。そのMさんが燃えている。掃除の時間には、教室の引き戸の溝まできれいにしている。本校の教育で願っている姿ではないでしょうか! (教頭)
「子どもは誰でも、できるようになりたい、よりよくなりたいと思っている存在」と言われます。言葉ではわかっていても、いざ、目の前の子どもを見た時に、どの子に対しても実感として自分は持っていると言い切れるのか。
校長先生の言葉の「その子の課題」、教頭先生の言葉の「Mさんの心に応えてやる」は、そのまさに伸びようとする芽が教師のあなたに見えていますか?と問われていたのだと振り返ります。