朝、ある一輪の花と目が合いました。
それは、どこにでもあるような、
しかし、どこか凛とした佇まいの、
とても小さな白いツバキです。
一見すると、主張することなく、ひっそりと、それでいて確かにそこにある美しさ。
多くの人は、その名前すら知らずに通り過ぎてしまうかもしれません。
理科の授業であれば、この植物の分類や学名で終わるかもしれません。
しかし、この小さな花びらの重なり、そしてその「名」を紐解いたとき、私はそこに、昔から日本人が大切に守り続けてきた「ある精神」が息づいていることに気づかされました。
その花の名は、ワビスケ
この清楚な花の名は、ワビスケといい、「侘助」と書きます。
理科的に言えば、ツバキ科ツバキ属の植物。
この花が日本の文化、特にお茶の世界(茶の湯)でどれほど愛されてきたかを知ると、その美しさはさらに深く輝き始めます。
一説には、文禄・慶長の役で持ち帰られたという歴史や、
茶人・千利休が愛した「侘び」の精神そのものから名付けられたとも言われています。
満開に咲き誇る豪華さではなく、
「主張しない美」
その不完全なものへの愛おしさや、
静寂の中にこそ真理を見出す「わび・さび」の心は、
何世紀もの時を超え、
今もこの小さな白い蕾の中に、
脈々と息づいています。
理科の授業では、これを「生物の進化」や「環境への適応」として説明するかもしれません。 しかし、私はこの花と向き合ったとき、かつて「3時間目:英語」の授業で皆さんと共有した、あのイギリスの詩人の言葉を思い出さずにはいられませんでした。
To see a World in a Grain of Sand And a Heaven in a Wild Flower
一粒の砂に世界を見、 一輪の野の花に天国を見る(ウィリアム・ブレイク『無垢の予兆』より)

ブレイクが200年以上前のイギリスで、
一粒の砂や一輪の野の花の中に見た「宇宙」。
ひっそりと咲く、
この一輪の侘助の中に、日本の、
そして世界の「深い文化の根っこ」という宇宙を見つけました。
「遠くへ行かなくても、世界は足元にある」
身近な「一粒の砂」や「一輪の花」の中に、
何か新しい世界があるかも。
そこには、教科書には載っていない、
人生を豊かにする「魔法」が隠れているかもしれません。