私には行きつけのお蕎麦屋さんがあります。
お店の人がよくて、味もよくて、しかも安い。三拍子そろった、本当にいいお店です。家族経営でやっていて、おじいちゃんも頑張っているのですが、最近はあちこち痛いところがあるようです。しかも、私と同じく心臓の病を抱えていて、私たちは冗談で「心臓友達ですね」なんて言っています。
ある日、そのお店でふと思って聞いてみました。
「ここは美味しいし安いし、人もいいし、テレビの取材なんか来ないんですか?」
すると、こんな返事が返ってきました。
「うちは断ってるんですよ」
理由を聞くと、なるほどと思いました。
テレビで一度紹介されると、一気に人が押し寄せる。ところが、ブームが去ると、今度は潮が引くように人が来なくなる。これはよくある話ですよね。問題は、その間に何が起きるかです。
常連さんが来られなくなってしまうんです。
混みすぎて、いつものお客さんが入れない。せっかく長く通ってくれている人たちに迷惑をかけてしまう。では、ブームが去ったあと、その常連さんたちが戻ってきてくれるかというと、そこがなかなか難しい。
人の気持ちは、そう簡単ではありません。
「長く通ってきたのに、あの時は入れなかった」
「なんだかもう前みたいな気持ちでは行けない」
そうなってしまうことがあるんですね。
信頼を築くには時間がかかります。
でも、失うのはあっという間です。
これはお店とお客さんの関係だけではなく、人と人との関係もまったく同じだと思います。
そう考えると、昔からある「一見さんお断り」という言葉の意味が、冷たいのではなく、その逆だということに気づく。
初めて来た人からすれば、そりゃあ面白くないですよね。
「同じお金を払うのに、なんで入れないんだ」
「常連だけ大事にするなんて冷たい店だ」
そう思うのも当然です。
でも、お店を長く続けていく立場で考えると、話は少し変わってきます。
興味本位で一度だけ来る人、ついでに寄るだけの人が一気に押し寄せ、そのせいでいつも来てくれる人が弾かれてしまう。そうなると、お店の土台そのものが崩れてしまうことがある。
つまり「一見さんお断り」というのは、排除のための言葉ではなく、関係を守るための知恵だったのではないか。また知り合いの紹介で来るから、お客もツケを踏み倒すなどしない。店側も紹介者に恥をかかせるような味やもてなしや料金上乗せなどできない。二重、三重に信頼関係が結ばれている。そんなふうに思ったのです。
言ってみれば、これはなかなかSDGs的な発想でもあります。
目先のにぎわいよりも、長く続くことを大事にする。
一時のブームよりも、日々支えてくれる人との関係を大事にする。
そう考えると、ずいぶん見え方が変わります。
一見すると冷たく見える言葉が、実は地域や社会の持続性を守る仕組みだった。そんなことを、テレビのグルメ番組をきっかけに、あらためて考えさせられました。