命の水、命を奪う水に、50年後、100年後を思う

この写真は、ちょっと雨が降り続いた時の巴川の様子です。
水位は、手前の道路とほぼ同じです。

福岡県朝倉市にある山田堰のことは、
以前、このnoteで「山田堰のわくわく」として
書きました。
そのことで思うことを続けます。

江戸時代の先人たちが生み出した知恵。
自然の力を抑え込まず、受け流す構造。
堰はいまも、ゆったりとした流れをたたえています。

この堰から学びを得た中村哲氏によって、
アフガニスタンに
壊れない堰が完成し、
数十万人の命を支える水が流れ出しました。

江戸時代の日本人の知恵が、
異国の地で人々の命を救っているのです。
それは今も続いています。
たぶんこれからも、何十年と続いていくことでしょう。

そこで思うことは、
モノに限らず、仕組みや文化にいたるまで、
100年後の人たちが、
「昔の人がよくぞ作ってくれた」
ということを、
私たちは、意識しているだろうか、
ということです。

静岡市でも、
いろいろなハコモノが作られようとしています。
50年後、老朽化したときに
どうしよう。

SNSでは、
それよりも
たびたび氾濫する巴川を、
「なんとかしてくれ」
という声も。

私も、昭和49年の七夕豪雨で
水害を経験し、
夜中の1時に、
真っ暗な大雨の中
足がつかない泥水の川を
泳いで避難しました。

大谷川放水路によって
だいぶ改善はされたものの
いまだに
水害はおさまっていません

大雨のたびに
憂鬱な気持ちになる人々も
多いことでしょう。

50年後、100年後の人々が、
「昔の人ががんばって考えてくれたおかげだね」
と言われるような、
いのちとくらしを守る治水ができないだろうかと、
水害体験者として思いを巡らしています。