AIが5年生1学期のまとめをするとどうなる?#016【40年目のホームルーム】

今回は

 学級通信第11号で、40年前の『あしあと』の1学期分、夏休み前の記録がひと区切りとなります。そこで今回は、AIがこの1学期の歩みをどう総括したのか、その音声解説を皆さんにお聴きいただきたいと思います。40年前の子どもたちの熱量と、今届いている元子どもたちの声を、AIがどう紡いだのか。どうぞお聞きください。

AI対談の修正点

 いくつか間違っているところやの漢字の読みが違うところがあるので修正します。

🟥冒頭のトイレ掃除のおじいさんが掃除をしているところを見たのは担任の私が春休み中に見たんですね。「としに一度」と言うは「年に一度」ですが、長期の休みの時、子供がいない時に業者の方が来てくださって、学校のトイレを隅々までプロの掃除をしてくれるというものでした。したがって子供たちはその掃除の現場を見ていたわけではなく、私が学級通信で子供たちにお知らせをしたと言う形になっていました。

🟥8秒間走について「的 まと」と言うことを言ってましたけれども、的があるわけじゃなくて、50メートルのゴールに向かって走るんですが、スタートラインを何十センチかごとに後ろに下げていって後ろに行くほど点数が高いって言うふうになってるんです。だから子供たちがその点数を自分で選んで、そこから8秒間で50メートルのゴールに到達できるかどうかと言う非常にわかりやすいルールでやったわけだけれども、みんな一生懸命応援したり、コースの外で何十本も練習をしたりする姿がみられて、その盛り上がりには驚きました。当時を振り返って、40年後のみわちゃんが、走るのが楽しいと思ったのは、後にも先にも小学校の時だったなぁと言うふうなことを思い起こしていましたけれども、本当にみんなよく走ったし飛び跳ねてましたね。私もそんな子供の頃が懐かしいですね。

🟥まりもちゃんの入山の自然の中の登下校の話では、「ヤイチゴ」言ってましたけれどもね。「ノイチゴ」の間違いですね。野いちごを取ったり、それから川で沢ガニをとった話ですが、その川でとったサワガニをなんと売りに行ったってことの方が私は面白いと思うんだよね。そこがなんともたくましいなぁと思うんだけれども、昔はそういうのがあったんだね。思い出が金利のように膨らんでいくと言うのは私とまりもちゃんが、まぁそういうニュアンスの話はした覚えがあります。

まとめ

 当時の思い出についてAIは語りますが、私は物事には良いとか悪いとか、その時には簡単には決められないのではないかと思っています。物事には良いも悪いもないのかもしれません。人間万事塞翁が馬って言いますが、悪いことやついていないことも実は何かのサインだったり、必要な学びだったりするのかもしれません。とても耐えられない苦しみなんですよという人もいるかもしれない。一生悪い思い出として残るって言うこともあるかもしれない。どう受け止めるかは、結局、自分に委ねられている。ただ、それによって次にもたらされるものが必ずあるわけで、そこから自分が何を学ぶか、次の行動をどうするかがむしろ重要ではないかと私は思っています。

 AIの解釈で行くと、昔の出来事がかなり美化されているような感じがするけど、捉えかたは人それぞれで、それがまた人生の面白みにつながるのかなと思います。

 5年生1学期、夏休み前までの学級通信をAIに読んでもらい、40年目のホームルームに来てもらったわけですが、いかがでしたか。また意見を聞かせていただけるとありがたいです。

 次回からは、また、夏休み明けの子供たちの様子に始まり、2学期の頑張りを学級通信で伝えていきますのでよろしくお願いします。